インカさん–代理ミュンヒハウゼン症候群

今日は「ミュンヒハウゼン症候群」という少し難しいことについて考えてみたいと思います。

ミュンヒハウゼン症候群とは、簡単にいうと「自分が」周囲の関心や同情を引くために病気を捏造したり嘘をついてしまう病気です。イギリスのホラ吹き男爵にちなんで命名されました。代理ミュンヒハウゼン症候群とは、自分の子どもやパートナーなどの「近しい人」を使ってその対象を利用して周囲の関心や同情を買うというまたやっかいな「虚偽性障害」です。特に代理ミュンヒハウゼンの方は(なんてあの人って娘さん、息子さん、奥さん、彼女さん思いの優しい人、お世話上手な人なんだろう)と周囲は感じてしまうのでなかなか気付かれにくかったりします。

病態が変化すると演技性パーソナリティ障害やボーダーライン様の症状を呈します。見捨てられることに対する極度な不安、感情のジェットコースター…。薬物療法が奏功しにくいこともあります。共依存やストックホルム症候群イネイブラーなどとも親和性があります。

今日は特に代理ミュンヒハウゼンの特徴について考えてみたいと思います…有名なケースで小児科の入院があります。治りかけているときにまた症状が増悪します。医療関係者は「何故?」となりまた懸命に医療行為を行い、子どもの世話をかいがいしくするお母さんに心を痛めます。「お母様も大変ですね。毎日のことですから」となります。実はお母さんは自分の子どもが治ってしまうことによって「子ども思いのいい母親」という役割を降りなくてはならないことが受け入れられないのでしょう。病気が治りそうになると子どもの点滴に誰もいない隙にばい菌を入れてわざと症状が治らないようにしているのです。医療関係者は気付いた時には「え〜!あんなに良いお母さんがまさか!」となるのす。

コワイコワイ!当然虐待です。

これまでの代理ミュンヒハウゼンに対する私の所感です。彼や彼女の特徴は「私は至って正常、大丈夫なのですが、息子の…彼女の…彼の…メンタルの問題でここにきました」と仰ります。代理人には「自分が良いことをしてあげてる。自分は至極真っ当である。ダメな受け手がダメなままいてくれる姿を愛しむ」のです。「私がいないと生きていけないどうしようもない人」という自己中心性の極みでしょう。

一方、その受け手側の特徴について…これもまた私の所感です。「私は…僕は…親、彼、彼女が…自分が病んでるというから自分は病んでいるに違いない」と仰ります。ずっと「精神が病んでる」「あなたは私がいないと何も出来ない」「パーソナリティの病気」とか近しい人から言われ続けていたらその方の良さは無くなってしまい、いつのまにか洗脳されてしまっているのです。軽微なストレスの蓄積ほど難治ケースになることは多いのです。受け手側は「逃げること」「治すこと」「自分らしさを育むこと」をすっかり諦めてしまっているケースがとても多いのです。そのような過程を経て受け手側は「解離」や「自傷行為」などに走ってしまうこともあります。

受け手の多くは幼少時から複雑な生育歴があり「親や彼や彼女が何もできない人間で、心配だし、お世話が必要。放っておくとあなたはろくなことにはならないし、生きていけない。だから言うことを聴くことが必要なのです」と暗に洗脳されています。代理人のみが被害者にとって唯一無二の理解者であり、操作者であり、その他の関係は全部悪であり誰が何を言おうと意見を受け入れることは許されないと幼少時は親に言われ、思春期以降は親からパートナーに代わり「絶対的権力者がいないとダメな人間、ひとりでは生きていけない」と「思い込んで」「諦めて」います。その思い込みは、時に妄想的でもあり大変に難しいのです。

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ここからインカさんのケースについて書かせていただきます。

ある時相談室にカップルがいらっしゃいました。彼曰く「彼女が解離性障害でずっと手をやいています。人格の特徴と困ったことを書いて来ました」と彼は言います。私は(クライエントさんは彼女さんなのですね)と質問をします。「もちろんです」(では、彼女さんとふたりきりでお話させていただきますので終わりましたら私から連絡させていただきます)と伝えます。すると彼は「この子はふたりになると何も話さないし、下手すると暴力を振るってご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんので」(大丈夫です。今日は信じていただけませんか。ご心配なら私はカウンセリング出来かねます)「これが彼女についての報告書です」渋々彼は帰ります。彼女に向かって「すぐ近くで待ってるからね」。

(シメシメ…)「Aさんこんにちは。彼は相当ご心配なようですね。たくさんお手紙いただきました。お手紙拝見してもよろしいですか」Aさんの了解(うなづき)を得てお手紙を読みました。彼氏さんの情報によると、主人格エマさん21歳の出現頻度が30パーセント、人前にいるとインカさん3歳という話せない女の子になる。インカを追い詰めると暴力を振るう。(はいはい次は?)男性の人格で荒っぽいシンゴ17歳男性になり、シンゴは過量服薬や自傷行為がやめられない出現頻度12パーセント…。(コマカイ…足したら145%?になるし…)

「Aさん、ありがとうございます。パートナーさまから情報読ませていただきました。分かりやすく書いてくれてありがたいです。私は今日はAさんと私のふたりだけでお話したいです。今日は初めてですし、Aさんも緊張されていると思います。良かったらAさんからどんなことでもお話していただけますか」。

しばらく沈黙が続きます。下を向いてキョロキョロ、心配でドアの方を見て帰りたがっています。私も気まずいです。5分ほど無言が続きました。私「あの、彼がいないと難しそうですか?難しいようでしたら今日はここまでにしましょう。でもお金もいただいているのでお話出来ないようでしたらこれからカウンセリングは難しいです。彼と一緒のセラピーを私はお受け出来ません。…ごめんなさい…」

Aさんはぎゅっと両手を握って下を向いたままポツリと「あの、私病気とかにされてるみたいですけど、私は本当に病気なんですか。私には自分というものがありません。私、彼に食べさせてもらってるんですよね。付き合い出して最初はそんなことなかったんですけど、いつからか、どんどん彼に色々なこと決められて勝手に病気扱いされちゃったんです。人格の名前も勝手に彼が付けたし、病院にもここにも彼が連れて来たんです。だから、私がこれから話すことは彼には言わないで下さい。それを破ったら私は小澤さんのこと恨みます。名前…エマとかシンゴとかインカとか…ほんと分からないです。言われた通りにするしかないし、そうすると彼も機嫌が良いのです。でも、エマだねと言われると本当にその時はエマになってしまう気がするのです。とりあえず私みたいな人間を食べさせてもらうのは大変だし、私には彼しかいないし、他の出会いとか探せません。もう、逃げられないし彼が好きです。彼に悪いし…彼なりに…曲がってるかもしれないけど…私のこと大事に思ってくれてるのは分かるし」

ふむふむ。(こういう話はこれまでも、お医者さんとかカウンセラーとされたことはありますか)「いつもべったり隣にいて私は何も言わないのに彼が全部話してそれをお医者さんとかそのまま聞いて薬とか出されるのでとても言えないです。ふたりにしてとかこれまで言われたこともはじめてで」(彼は心配でいたたまれないでしょうね)「そうです。だから言わないで下さい」(今日は箱庭でもしてみませんか)「…そうですね…何話したか後でいっぱい聞かれるから」。

時間になって彼にお電話をしてお迎えに来ていただきました。彼「今日はインカが出たんだね」その瞬間クライエントさんは泣き出し赤ちゃんのようになって彼に抱きつきます。彼「彼女の病理は複雑なんです」(そうですね。ふたりきりにしていただいてご心配おかけしました)彼「やはり彼女の解離の病理は深いんですか」(よくここまで彼女さんを支えて来られましたね)

もし解離を助長しているあなたが問題なんて言ったら大変なことになってしまう。(しばらく考えて)「今日は箱庭をしました。Aさんの箱庭からは希望の印が見えました。見てください!今日はお疲れになったと思います。ゆっくりお休み下さい」。

彼は口調も赤ちゃんに話すような口調になり「インカちゃ〜ん。ダァダだよ。もう大丈夫だよ。ごめんね。知らない人とふたりにして怖かったでしょう」Aさはうなづいて涙を流します。「ほら、インカちゃん、テンティにありがとうは?」Aさんは無言のままです。彼「すみません。インカはお礼も言えない悪い子だねぇ。あ、すみません〜ありがとうございました」

インカかぁ…。ダァダ⁈…。ここは劇場みたいなところ。箱庭を片付けながらひとの関係性の難しさについて色々なことを考えました。当然ですが、このお話は特定のクライエントさんのことではありません。

お読みいただきありがとうございます。