奏恵さん “paper client”

奏恵さんは美容師さんで、今は結婚して専業主婦をしています。4歳と2歳の娘さんがいらっしゃいます。お揃いの服を着て、奏恵さんが結った編み込みが可愛らしいこと。相談室には2人の娘さんと一緒にいらっしゃいました。奏恵さんと2人きりでお話したかったので、お姉さんの珠恵さんに箱庭の説明をして、何かあったらママと私はこのお部屋にいることを伝え、ドアのノブは閉めずに、妹さんの希美さんと別のお部屋でお留守番をしていてもらいました。

以下奏恵さんのお話です。

ある日のことでした。ご主人さんの帰りが遅くなると連絡を受けて、急遽子ども達が喜ぶ食事を用意していたときでした。「急に自分が自分を眺めている姿が見え、子どもと自分が楽しく料理をしているのが見えた」そうです。私はお訊きしました。(その姿を見たのは…)「確かに私の目なんです。子ども達と笑顔で料理している私と子ども達が見えました。本当は楽しいはずなのにその見ている時の私の目は…ずっと泣いていました。それ以来、考えてみました。私はその時だけではなくていつも私を見ている目みたいなものがありました。その目みたいなものなのか本当の自分の世界なのか時々分からなくなって。どっちが本当なのか…でも、そんなことは考えないこともあります。台所で子どもと一緒にいた時にそういう風になってしまって、しばらく帰って来られなくなって、目の前にいる珠恵も希美も本当は存在しないのではと怖くなって…。震える手で珠恵を抱きしめました。珠恵は心配して『ママ、どうしたの』って言って、希美は珠恵の心配している顔をみて大泣きしてしまいました。私は母親失格ですよね」(…いえ、そんなことありません。お話してくれてありがとうございます。奏恵さん、今もその…奏恵さんの目のような方は…)しばらく沈黙が続きます。「…います。小澤さんにこころを許すな。こいつも裏切り者だって言っています。…ごめんなさい」(…ありがとうございます。その目のような存在とアクセスが可能なのですね…)「でも、今の私はカウンセリングを求めて来ているんです。なのに、本当にごめんなさい。コントロール出来なくなってしまったら、小澤さんのところに来れないですよね」(いつでも、必要ならお越しください)「私、あと全部忘れてしまうことがよくあって。知らない間にタバコを吸ってたり、レシートに、私マグロは食べれないし、主人も食べれないのにね、マグロの刺身を買ってた経歴があって」(これからゆっくりお話していきましょう。急にだと疲れてしまいます。それに、その目みたいな存在の方の意見も尊重してみませんか。私のことを裏切り者だってお考えのようですから)。奏恵さんは、カウンセリングの間ずっと泣いていました。

ろそろ終わろうと思った矢先、背後から頭に何か飛んで来ました。「痛っ。え!」と振り返ると、カゴいっぱいに箱庭のアイテムを入れた珠恵さんと、希美さんが泣きながら「ママのこと虐めるな。ばかばかばか」と言いなが一方的な雪合戦のように私に箱庭のアイテムを投げつけてきます。

奏恵さん「止めて。この人はママのお話聴いてくれただけなの。ママが泣いたのはこの人のせいじゃないの」私「ごめんね。びっくりさせてしまって」。子ども達はまだ私を警戒しています。奏恵さんをぴったりガードして、「ママ、ママ帰ろう」と泣き続けています。

子ども達には母しか映りません。子ども達のすべては母であるのでしょう。しかし、母の全ては子ども達ではありません。そして大人達のこころは常にお腹が空いています。

珠恵さんと希美さんから大きく学ばせていただきました。奏恵さんはそれ以来、祖父母に2人を預けて相談室にお越し頂くことになりました。珠恵さんや希美さんには嫌われてしまっただろうなぁ。いつか逢えないかなぁ。

私のこころは「お腹が空いて、喉も渇いている」ことをその夜の間中考えていました。

(子どもっていいなぁ。私も子どもに恵まれたかった)

気付くと自然と涙が流れ、空っぽなこころを埋めることに夢中になっていた自分と、空っぽだからこそ心理士の仕事をしているんだろうなぁ。と内省しておりました。

さてと、気持ちを切り替えて箱庭を片付けようっと、思った途端、あぁ〜、潤砂高いのに買い直しだなぁっとダイソンをかけながら考えている現実の中に自分がいることに苦笑いしておりました。

お読みいただきありがとうございます。

 

 

 

 

堂下守三さん(架空のクライエントさんです)

今日は堂下守三さん(60歳代後半男性)についてお話させて下さい。

細身の紳士。糸の細かい高級そうなジャケットに清潔感のあるクレリックシャツにサスペンダーという「歩くwall街」のような方です。そう、カフスボタンはホワイトゴールドの金庫の形のものでした。時計もフランクミュラーかな。成功者ってこうなんだなぁという印象でした。img_2215

堂下さんは「経営者」で、Silicon Valleyで業務拡大する際にご友人と新しい会社を設立しようと思っていて、その会社名やスタッフ確保をどうするかということに関してのご相談でした。“dodger room”という名前はどうかと訊かれたときには、堂下さんのDだと思い、「面白い名前ですねぇ」などと深く考えずにお応えしておりました。「経営者っていうのは、自分の社員に働いてもらい、任せることはまかせて自分ではつねに新しい企画を考えことが鍵なんだ。おれも時間がある時にはここで君のカウンセリングみたいなもの…を利用して何かヒントになるものを探す。欧米ではそうだからね」。

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堂下さんは非常に博識で、私なんかでお役に立てるのか…こんな古い事務所で…不安だらけでした。それでも堂下さんは何度も訊ねて下さり、愛車のロールス・ロイス、メルセデス・ベンツ、イギリスのTVRを所有しているが今度はローバーのディフェンダーを購入したいが車庫だけで何十万円になること…事業が上手くいきすぎて心配なこと、日本に生息するゴ●●リ、cockroachの種類と集合フェロモンの仕組み…それはそれは実り多い知識を沢山ご教授いただきました。

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興味深かったのは、必ず堂下さんはカウンセリング中に私に持参したクラッシックのピアノのCDを聴くよう依頼されたことです。(今はアップルミュージックとか、YouTubeとかあるんだけどなぁ)と思いましたが、業務の一環だと考えご一緒にポータブルCDプレイヤーで聴かせていただきます。初めて聴く曲に「私のこころの耳」が興奮して踊り出しそうになったり、大嫌いな曲も否応無しに聴かなければならないこともありました。私の興奮が伝わったのか、ドビュッシーの小組曲のCDは堂下さんがプレゼントしてくれました。以来、私の脳は嫌なことがあってもこころにMenuettを流せば大丈夫なほどのお守りになっています。img_2220堂下さんに心理士としてどんなお役に立てているのか考えあぐねていたある日のことでした。いつものように明るく話してた堂下さんが突然、しばらく下を向き沈黙したと思ったら泣き崩れてしまいました(かなり長い沈黙だと感じました)。(え、堂下さん‼︎)私はただティッシュを渡すことしか出来ません。「人間というのは…全部嘘なんだ。ウソだけでコ・・ウ(ヒック)セイされてる。この時計もよく出来たニセモノだ。学歴も仕事も嘘をついてきた。君のところは保険証はいらない。オレは東大の受験がない年だったから早稲田に行ったと話した。キミは、いや失礼だな、貴方は、なんでそんなおれに気付いてくれなかったんだ…それとも気付いてたのか」私は心の底から驚き何も言えませんでした。堂下さんは鼻をすすり泣きながら続けます「…人生の失敗者だ。成功してる奴らを怨んでいる。なんで他の奴らみたいになれなかったんだ。envyもある。おれは単なるサラリーマンのイエスマンだ。しかもまた社内…で…左遷されて…窓際族…お祓い箱ってやつだ。君に幸せそうに写った家族写真を見せたこともある…。アレも合成だ。会社の近所の写真屋に今日とは違う偽名で頼んだよ。窓際族はヒマなんだ。経営者もそうかもしれんが…。家ではカミさんからも子どもたちからも相手にされない。飯だっておれの分だけは作ってもらえない。朝はひとりで吉●家で定食を食べてるね、淋しい人間なんだっていうことだ。ここだけが『おれの嘘と夢』を語れる場所だった。それにアンタは仕事だから付き合った。おれは君の時間を買ったということ。それ以上でもそれ以下でもなかろう」。私は言葉に出来なくて黙りこんでしまいました。

オザワノアタマハタダイマコミアッテオリマスモウシバラクオマチクダサイ。

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沈黙の後、やっと出て来たひとこと目…明るいトーンで「堂下さん、ドビュッシーの小組曲のMenuettのCD聴きませんか」。堂下さん「小澤さんが気に入って前に上げたやつか」私「はい。どんなに嫌なことがあっても、あの曲のおかげで私は乗り越えられています。堂下さんがどんなお仕事をしているとか、成功者とか…分からない。そういうことより、知らないことを教えていただいたことの方が嬉しかったです」堂下さん「笑ってごまかすな。大事な話をしてるんだぞ。こんな嘘つきは嫌いか」私「ウソを嫌う理由はありません。ただ、心理士として私、お役に立てたのか…」堂下さん「憧れのおれを演じさせてもらう最高の場所だった」私も淋しくなって「…過去形なんですね」堂下さん「また来ても失望しないということか」私「もちろんです。また色々なこと教えてください。さっきウソって堂下さんはおっしゃったけど、TVRだってドビュッシーだって実在します。知らないこといっぱい堂下さんに教わりました。それはウソではありません。ネットで勉強しました。カッコ良い車です。ローバーのクルマ?だって最高な車で泥が似合う高級車で、アフリカに行きたくなりました。私は仕事の時はここにいることしかできません。堂下さんから教えていただいた全てが、ウソも含めて…この部屋から出られない私にとっての堂下さんで」堂下さん「キミも不幸のナカマか。幸せは大丈夫なのか」私「幸せ…っておっしゃいましたか…わかりません。主観的にはoptimistでないことは確か。悶々とどうにもできなかった過去のことをくよくよ考えることも沢山あります。(沈黙後明るく)でも、ドビュッシーがあるじゃないですか!」。堂下さん「誰が笑っていいと言った。それはお前さんが、ドビュッシーの一曲だけで喜ぶ無知な人間なだけだ。知りすぎた不幸の方がはるかに辛い。オマエさんよぉ、ハカセなんだろう。イツワリを生きるメジャーの人間か。そうやっていつも笑って逃げるな。今日の最後にアカデミックに教えろ。おれは病院に行った方がいいのか。ウソつきの『病』を何ていうんだ。いいか。絶対に笑うなよ。今のおれの質問に真面目に答えろ」堂下さんのこんな表情は初めてでした。私はその時の堂下さんを初めて怖いと感じたし、応答にも困りました。カウンセリングにシナリオはありません。img_2221私(low voiceで真面目に)「心理士に法的に診断をする資格がないことを初めにお断りさせていただきます。心理士は人を健康的な側面から考えます。ですから、堂下さんを「豊かなfantasyへの没入傾向があり、防衛機制としては合理化や知性化が優位になっている傾向が見られると考えます。また、堂下さんが嘘をつくことによって何らかの利得を得ようということなら、それは「疾病利得」と言って、症状を利用している可能性もあるかもしれません。敢えて堂下さまの症状に名前をつけるのだとしたら…。

堂下さんには、『空想虚言症(pseudologia phantastica)』の傾向があるかもしれません。病院に行く必要性については、嘘をつくことによって堂下さんがご自身で抑うつ気分や不眠症状や抑うつ気分などの二次的な症状が出現してからで私は良いと心理の立場からは考えております」。

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堂下さん「ハハハ。オザワハカセさんよ。やっと笑わないで真面目に応えたな。限界か…。もうひとつ確認事項だが心理士の仕事というのはホワイトカラーなのか。それともピンクカラーか」私「…アサギイロワーカーというところでどうですか」堂下さん(やっといつものように)「おれが教えた色を真似しおったな。浅葱色か。今日のところは赦してやる。金を払ってこれからも教えてやろう。少なくとも堂下守三は偽名だ」。

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(えっ!)堂下さんは「フランクミューラー『風』」の時計をしっかり見つめ時間丁度に席を立たれました。堂下さんが去った後、空の椅子 empty cheirを片付けながらふと気付きました。

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(会社の名前、dodger room…ってドッジボールみたいな名前。あれ、待てよ。dodgeってどういう意味だっけ。辞書を引いた。あっ、ヤラレタ。dodgeは身をかわして逃げるとか巧みにひらりと逃げるというところからきたんだ。堂下さんのDでもアメリカの野球チームでもないんだ‼︎ で守三は守る空間?…room?で、モリゾウか‼︎ヤラレタァァ。あぁ「アサギイロワーカー」まだまだだなぁ。そういえばdodger roomのこと、みなまで言わすなってずっとおっしゃってたなぁ。本名はなんというのだろう…)とドビュッシーのCDの蓋を閉めながら考えていました。堂下さんの高機能についていけない私は「お金をもらって」教えていただいるのですね。

精神療法について、かの有名な中井久夫先生が「娼婦」との類似性を指摘しております。精神療法、心理療法の時は2人で濃密な時間を少なくともその時点では過ごしているからです。

私はいつも目の前にいらっしゃる「たったひとりのクライエントさん」とひたすらに向き合うことを重視しています。

上から目線や病理で考えるような「教育的な」心理士にはなりたくありません。

たとえそれが過剰サービスと言われても…。私の中ではピンクではありません。

長い物語をお読みいただきありがとうございます。堂下さんのますますのご活躍を祈念しております。

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paper client 撫子さん


撫子さんは30歳代の女性です。ある日のセッションの終わりかけに「山手線に飛び込むか風俗に行くかしか選択肢はなかったんです」美しい撫子さんからのひとことに私は仰天しました。私は「そうですか。それでも今を生き延びる場所として風俗のお仕事を選ばれた」と応じました。「今を生き延びる能力」の大切に関しては、医学書院のケアをひらくシリーズ上岡晴恵+大嶋栄子さんの「その後の不自由」という本で読んで感動したことを覚えております。

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私の受けた撫子さんの第一印象は「今刹那を一生懸命を生きている」というものでした。豊かな黒髪の瞳のまっすぐな女性です。撫子さんの一生懸命の瞳の先は、常に皆が不快にならないかを直感的に見つめ振る舞います。カウンセラーの私にもいつもお気遣い下さります。そんな撫子さんのお話を今日はお話させて下さい。

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撫子さんには特技があります。それは「人のこころ」「場の空気」を一瞬にして察知する能力です。その空気を「ご自身のためではなくその場にいるみんなが心地よく過ごせるように察知している」ところがポイントです。私がセラピストとして知りたかったことはそのような振る舞いを提供している撫子さんご自身の感情は何処に向かいどのように対処しているのだろうということです。撫子さんから本当に多くのことを教えていただいております。

私たちはすぐに規範や価値判断に基づいて発言することが多いと思います。

血液型は?出身地は?宗教は?出身大学は?仕事は?アニメ好き?精神科を受診しているの?セクシャリティは?

その答えの裏側には重要な情報収集があるかもしれません。お茶の間の話題の提供に貢献してくれることもあります。しかし、その情報からわたしたちは「風俗?」「T大なの?」「メンタルの薬を飲んでるの?」「あの人って◯型何だって」「あの人ってボーダーじゃない」「アダルトチルドレンじゃない」「◯教なんだって」その先にはその人なりの「価値判断」があるのではないでしょうか。「風俗で務めるって病んでない?」….。「T 大なんてすごーい!」「精神科を受診しているんだって」「アニオタなんだって」「ボーダーラインなんだって」などなど。

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(私はメンタルとは無縁だけどね)(かわいそう)(T大だって)(◯教かぁ)(私はわかんない)(無理じゃない)…。

私の答えは次の通りです。「それで?それが?」

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It is none of my business.それは私の仕事ではありません。

ご相談者さまにひとりとして同じ方は存在しません。カウンセラーも「ひとり」。クライエントさんも「ただひとり」そしてそこから生まれる二者関係もただひとつunique oneの関係なのです。血液型や疾患名や世間の価値観やアカデミズムで括ったならその方らしさは一瞬で掻き消されてしまいます。

撫子さんの今を生きるために風俗のお仕事を選ばれた選択を「私は」素晴らしいと感じています。そして、刹那を生き延びた撫子さんがご自身でご自身の道をご自身の信念に基づいて選択されていかれることを応援しております。

価値判断をしないことは自分の考えを持たないことではありません。

しかし、価値判断をする前に、まっさらに目の前の方や事象と向き合うことによってこそ、私たちの視野が広がるのではないでしょうか。

撫子さんは何時も一生懸命に目の前のことに生きていらっしゃいます。澄んだ瞳は穢れを知りません。たった今を一生懸命に生きていらっしゃる撫子さんはとても素敵です。

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「価値判断を傍に置くこと」は専門職同士でもなかなか理解していただけないことが多いし、ご相談者さまからもご質問されることが多いです。「小澤さんはどう思う」と。私はカウンセリングの中で自分のなるべく答えは出さないように気をつけることにしています。

その理由はご相談者さまの自己決定権選択を大切にしたいからです。

一生懸命にたった今を生きていらっしゃる撫子さんのご活躍を陰ながら応援させていただいております。

次回のお約束をした後、凛とした表情で新宿の夜にお出かけになりました。

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撫子さんの大きなカバンの中には豊かな感受性とそれに伴った空虚感をもご自身のものにする底力と今日を生き抜く力と明日の夢と希望がたくさん詰まっていることでしょう。

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ラミィさん

こんにちは、寒いの寒いの飛んで行け〜♫と毎朝が辛い日々が続きます。北陸地方は薄っすら雪景色です。

img_2032こうして毎日憂うつな冬を過ごしている間も木々は光合成と呼吸を繰り返しています。私たちは日常の心配事や日課をこなしています。

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今日は架空の症例ラミィさんについて書こうと思います。ラミィさんは、実在するクライエントさんではありません。

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ご気分のすぐれない方は臨床のお話になりますのでここから先はご遠慮下さい。

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ラミィさんは個室サウナに勤務する20歳代の女性です。幼少時から色々な複雑な生い立ちがあったそうですが、貧しい少女時代を過ごした彼女はお母さんに家を建てることを夢見てそのお仕事に就いたそうです。ラミィさんはあどけない少女というより冒険好きの少年のような屈託のない笑顔が素敵な表現力の豊かな女性でした。いつもラミィさんとのカウンセリングは他の人の話ばかりです。(ラミィさんのお話が聴きたいんだけどなぁ)と思いながらカウンセリングをしていました。ラミィさんはカウンセリングの始めの頃は穏やかに笑っていましたが、回数を重ねたある日、しばらく沈黙した後、哀しそうに泣き崩れて「私には自分がないんです。私は無いんです。あの仕事をしている時、体も心も自分のものでは無くなっちゃう。口は機能としてあるんだけどそれはリップサービスかオーラルセックスの時だけなんです!相手を悦ばせる口。仕事中は相手の反応に合わせているなので身体の痛みや不快感は全く感じません。仕事でもプライベートでも生きている実感が無いんです。空っぽなんです。私は自分をどこまでも無限に飛ばすことができます。お客さんの目付きから望んでること、言葉遣いや仕草からお客さんがして欲しいことが痛い位に私に入ってきて…お客さんといる時「本当の私」はどこかにいなくなってお客さんの欲しいものだけ全部与えられるように気持ちもセックスも声のトーンもお客さんの求めるままを与える私に自然と変わるんです…。「本当の私」はそこにいないから…「本当の私」はこのまま存在が消えちやうのかなって思うと…すごい怖い」《お母さんにお家を買う夢のことは?》「私…分かってるんです。お母さんがそんな仕事して買った家なんて欲しがる筈ないってこと…。(泣きながら強い声で)私がそんな仕事して買った家になんかお母さんはホームレスになったって住む訳がないでしょ。私がお母さんが喜ぶって勝手に思って、家を買うお金を貯めてるだけ。喜んでくれるっていう私の妄想。誰かが喜んでくれるためだけに私は存在するんですよ。喜んでくれる相手がいて初めて私という存在が生まれます。カウンセラーの私はとても驚きました。いつもの冗談ばかりのラミィさんの表情ではなかった。私達はしばらく黙ってしまいました。

アラジンに出てくるランプの精のジーニーみたい!

言葉にしなくても分かるなんてジーニーよりすごい!

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でもそれはね、「本当の私」じゃないんです。でも…今さらそんなこれまでの空っぽを認めるなんてことしたら…「私」が散り散りに崩壊しちゃいます!と言って、ラミィさんはいつも通りのラミィさんの屈託のない笑顔に戻っていました。私はもう一度だけ、大きな声で子供みたいに泣いたラミィさんの「本当の私」に会ってみたかった。でも空っぽの「本当の私」をカウンセラーに見せたラミィさんからは何だか宿を探している裸んぼのヤドカリのお尻を見てしまったようで、安易に宿という慰めを提供してもラミィさんは喜ぶ筈がないし、私のどうしようと構えている姿勢、警戒がラミィさんに伝わってしまうのでは…カウンセラーとしては見てはいけない姿を見させていただいたような恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちにもなりました。その後、しばらくしてラミィさんはお家を買い、大きな犬も飼ったと報告に来てくれました。ラミィさんの目の奥は強さと哀しみを湛えていました。「幸せの構図に『本当の私』は必要なくて、必要なのはみんなが楽しく喜んでくれるための「私」なんです。今はこの大きな犬に癒されて頑張って仕事します。お金さえあればなんだって出来るってことをこの仕事から得ました。聴いてくれてありがとうございます」。とラミィさんは教えてくれました。私は 「いつかまたラミィさんにも、ラミィさんの『本当のラミィさん』にもお逢い出来たら嬉しいです。いつでもお待ちしています」と伝えたら、ラミィさんははにかんで「そぅですね。またよろしくお願いします」と笑顔で相談室を後にされました。それから、今までラミィさんには会っていません。あの時、私はラミィさんのペルソナを脱いだ「本当のラミィさん」にお逢いさせていただきました。カウンセラーはクライエントさんからのご連絡をお待ちすることしか出来ません。今頃ラミィさんはキラキラ少年のような笑顔と目の奥には静かな強さを忍ばせながらみんなの人気者になっていることでしょう。

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ラミィさんの中の「私」と「本当の私」について、今日は架空のクライエントさんラミィさんにお越しいただきました。ありがとうございます。

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さぁ、クライエントさんが来てくれる時を楽しみに空気を入れ替えて花を活け、部屋を温めておきましょう。

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お読みいただきありがとうございます。

There is always light behind the clouds.

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By Louisa May Alcott

Paper Client “uncle Ken”

こんにちは。冬から春へ一気に移行中ですね。紅梅も咲き出しました。

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梅春物の季節には何を着て良いか毎日苦戦します。新年度を迎えるにあたり体調もこころも崩しやすい時期なのでお互い気をつけましょう!今日は小さい頃にお会いした不思議なおじさんについて懐かしむ大分脚色したお話をさせて下さい。今日は臨床コラムになりますのでご気分の優れない方はスキップして下さい。

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ケンおじさんの話

私が小学校2年生の夏、子どもたちの集合場所だった川添いの原っぱで初めて自称「ケンおじさん」にお会いしました。ドラエもんに出てくる場面じゃないけど…。その原っぱには小学校低学年の子どもなら3、4人ほど座れる土管が五本横わっており、他にも工事用の金属片やブロック、フェンスなんかが並んでいました。春には土筆や野蒜なんかも見られる野良猫や私たち子どもたちには格好のほのぼのした原っぱでした。

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小学生にとって夏休みって本当に長くて…ラジオ体操に行ったり、日記を書いたり、ヒマワリの大きさを測ったり…元気があり過ぎてヒマを持て余して毎日外で刺激を探し求めておりました。誰と約束があるでもなくフラフラしていると、子ども仲間がいつの間にかその原っぱにはいました。私は両親が共働きなこともあってその原っぱで日中のほとんどを過ごしておりました。時々その原っぱの関係者の方に「勝手に入るな。子どもには危ないものがいっぱいあるんだぞ」とお叱りを受けておりましたが、まぁ理解のある大人達でそれ以上何も言われませんでした。ネコとヒマな子ども達しかいない平和な原っぱにある日突然ヨレたスーツのシャビーなおじさんが現れました。

ケンおじさんです

私は警戒のない子どもでした。原っぱの見張り番だったし、おじさんでも子どもでも同じ条件です。まず名前を訊ねました。「僕はケンおじさんです」とだけ教えてくれたあと、自分の上着を顔に被って靴も脱いで土管の日陰で寝てしまいました。で、私は千咲だと名乗りましたが、ケンおじさんは反応もなく気だるそうに土管の狭間で上着を被ったままゴロゴロしていました。眩しくて暑い夏の日。えっと、当時の私の年齢の括りでは大学生まではおにいさん、それ以上はおじさんです。ケンおじさんは今思えば当時多分40歳代後半だと思います。

「おじさんだって色々あるんだよ。ほっといてあげなよ」と友達に言われ、ケンおじさんのことは放置して子ども達はゴム段遊びとか、チョークの落書きとかラジコンとか縄跳びとかいつもの遊びに戻っていました。私も友人との遊びの中に戻りました。

しばらくして友達のクラマが飛んで来て「ケンおじさんがさっき急に起き出して、原っぱの部品でみんなが乗れるトロッコ車を明日作ってくれるって!」って言うんです。

「トロッコって?」私達はウキウキです。ケンおじさんは子ども達に各自家に帰り、自転車の補助輪、クルマの古タイヤ、三輪車、不要な自転車の部品、車を作るのに役立つ部品を探しに行くよう命じました。みんなは帰って色々家を探しました。子どもだからほとんど何も持っていませんでしたが、とりあえず車のついたものやパイプベッドの柵やらを各自持ち寄りました。ケンおじさんは原っぱにあった鉄パイプや弟の三輪車や壊れた自転車のタイヤを上手に積み上げて、古い木材やフェンスと鉄パイプをバラ線でつなげたり、その上に自動車の古タイヤを載せたり、明日はこれをつないでこんな車が完成だ!と赤いチョークで土管の側面に設計図的な絵まで描いてくれました。

img_1422ケンおじさん!原っぱに夢を与えてくれるスター!

そのうち、今日はもう遅いから子どもは帰るようにケンおじさんに言われみんな明日を楽しみに家に帰りました。

しかし、私は変な子どもでした。ケンおじさんがもしも明日いなくなったらどうしようとなんとなく怖くて仕方がありません。

何を思ったのかわからないけど、ケンおじさんに家の押し入れのタオルケットとか自分のご飯をオニギリにしたものとか牛乳とか飲み物とか親の目を盗んでお鍋の煮物を持って、原っぱの土管のところにひとりで会いに行きました。

姿を探すと始めに横になっていた土管のところにケンおじさんはいました。話しかけようと思ったけど少し怖くて、じっと立ってこっそりケンおじさんの様子を見ていました。

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ケンおじさんは上着で顔中を覆ってさっきみたいに寝ていました。(きっとお腹空いてるだろうな)と思い、もう少しだけケンおじさんに近付きました。寝ているように見えたけど、ケンおじさんの上着が動いていて…独り言の声が聞こえました。「違うって言ってんだろう。植林の話は無しだ。酪農の方はトミオカに任せろ…また来たのか!」という感じのひとりごとです。しばらく見ていましたが止まらないので「ケンおじさん、お腹空きましたか」って話しかけましたが、上着を被ったままで「トミオカだろう」と言われてどうしたら良いか分からなくて「千咲です。オニギリ食べますか」って聞きました。ケンおじさんはしばらく無視して話し続けていましたが「トミオカの子どもか」と私に言いました。私は「違います。ごめんなさい」と謝り「でも土管の中に入った方がきっとよく寝れます。いつも私はそうしています。土管は朝が眩しいしそのままだと痛いと思ってタオルケット持ってきました。ご飯と飲み物も持ってきました。明日はケンおじさんの作ってくれるトロッコ車をみんな楽しみにしてるからお願いします」とひとりで一方的に話しかけ、淋しい気持ちで走って帰りました。

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その夜はケンおじさんのことで頭がいっぱいでした。ケンおじさんは誰と話していたんだろう。どうして突然原っぱに来たんだろう。どうしてトロッコ車を作ってくれるなんて言ったんだろう。お仕事で何かあったのかな。何か私悪いことしたかな…。

なかなか寝れなくて朝は眠かったけど、起きてまっすぐに原っぱに行ってケンおじさんを探しました。

そこにはすでにケンおじさんの姿はありませんでした。

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朝になったらケンおじさんがいなくなってしまうことは、理由は分からないけど、うっすらと昨日の晩からわかっていた気がします。でも子どもながらにウソつきだってケンおじさんのことを怒っていました。なんでいなくなったの?朝になったら車を作ってくれるって言ったのに。朝の原っぱには昨日持ってきたタオルケットと、空っぽのお茶碗と牛乳瓶が並んでいました。私達が持って来た自転車や三輪車やタイヤとかは車になるどころか、川添いの柵に見事に高々と括りつけてありました。鉄パイプの上にもタイヤと自転車の一部が巻きつかれており、なんとも言えない不思議で不気味な光景でした。でもある意味で今考えれば芸術的だったのかも知れません。img_1428

「全然車じゃねーじゃん。なんじゃこりゃ。ドリフターズ風に(あ、ヘンなおじさん)まじウケる」とクラマも他の子どもたちもケンおじさんのことは笑って忘れていつも通り遊んでいました。でも私はずっとケンおじさんに怒っていました。ウソつきなケンおじさんが許せなかった。でも、夜にこっそり会いに行ったことは誰にも言えないままでした。

夏休みもとっくに終わったある日、親の帰りが遅くなって、クラマのお母さんがうちでご飯食べていきなよと言ってくれて、クラマはそういう時にはいつも自分の部屋に行ってしまってたから、クラマのお母さんと2人きりになって…勇気を出して、うちのお母さんには言わないで欲しいんだけど…とずっと考えていたケンおじさんの話を切り出し、原っぱであったことを聞いてもらいました。話しているうちに涙でいっぱいになって何にも見えなくなって、上手に話せなくなって、ヒクヒクになって泣きじゃくり「ウソつき、ウソつき、ケンおじさんのウソつき…」とだけ繰り返していた気がします。

気が付くとクラマのお母さんがそばにいて、服には鼻血の跡があって、頭を撫でながらおでこをタオルで冷やして教えてくれました。「千咲ちゃんはなんでも知りたがりるナイーブな子。面倒見のいいお姉さんっていうか。鼻血出してまで泣きながら人のことを心配するって…でもね、それは優しいというよりこれから生きていく上でずっと大変な体験をすることかも知れないってことかもしれないって覚えておいてね。うちのクラマには全くそういうところがないから、足して2で割れたらいいのに…もっと楽に生きていいのよ。子どもなんだから…」「ねぇ、千咲ちゃん。ケンおじさんのことを怒ってるの?おばさんの分かることならケンおじさんのどんなことでも知ってみたい?」とクラマのお母さんに聞かれ大きく頷きました。

「ケンおじさんは昨日みたいに、たまにあそこの原っぱに来るんだけど。こころに病気があるの。長いこと入院をしたりもしているのよ。ケンおじさんは、朝までずっと同じところにいると、色々なことを思い出してとっても怖い気持ちになるから、人に見つからない夜明け前には違うところに移動するの。ケンおじさんはまあるい光ったモノに守ってもらえると信じていて、怖いことがあるとタイヤとかボールとか丸いものや光ったものを集める習性があるんだって。前はおばさんのうちの庭にも勝手に探しに来たことがあって、おばさんも怖いし知らないから一度110番したことがあって。そうしたら警察の方がね、精神の…あ、こころの病気だから署からお医者さんの方に来てもらうっていうことがあったの」「じゃあ私達に車を作ってくれるって言ったのも病気のせいなんですか」「それは…多分ちがうと思うわよ。本当にその時はそう思ったんじゃない。だから今度ケンおじさんに会っても怒らないでそっとしてあげてね。ケンおじさんはあまり話かけられることは好きじゃないけど、もしまた会ってもそっとしておいてあげてね」「おばさん、こころが病気になるってよく分からないけど、それに病気でもウソつきは嫌いです。でも教えてくれてありがとうございます。私、ケンおじさんにいっぱい話しかけちゃいました」。「知らないかったんだから仕方ないじゃない。でも、この話はクラマにもあなたのお母さんにも言っちゃだめよ。おばさんと千咲ちゃんの秘密だからね」とクラマのお母さんは言いました。

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大人になって少しだけケンおじさんの話が分かる気がします。ケンおじさんとクラマのお母さんのおかげもあってこころの不思議な病気について初めて少し知ることが出来ました。

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人には踏み込んではならない聖域があります。私には今でも好奇心や興味からその聖域を知らずに侵してしまうことがあることを反省し気を付けています。私自身が人が大好きで聖域を持たないせいかも知れません。相手にはデリケートな聖域がある前提を持たねば人を傷付けてしまいかねません。人を自分の物差しで測ってしまうことは仕事上ではtabooです。こころの専門家なのにダメだなぁ。でも、そういうことを教えてくれるのって必ずしも学問上の先生やお医者さんとは限りません。私にとってクラマのお母さんはそのひとりでした。

私に大切なことを教えてくれたクラマのお母さんも天国に行ってしまいました。

ケンおじさんがきっとまだどこかの原っぱで車を作ってくれていますように。

クラマのお母さんに慰めてもらったことはずっと忘れません。クラマのお母さんが亡くなったことが信じられないでいることも、手作りのジュースを病気の時に家に持って来てくれたこともずっと忘れないでいたいです。

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長くなりましたが、ケンおじさんの話でした。

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ケンおじさんのますますのご活躍を祈念して…。

長文に付き合いいただきありがとうございました。

今後ともよろしくお願い申しあげます。

トロッコ車に乗りたい春に車窓からのMt.Fuji と♫

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希望と勇気を与えてくれるトルコ桔梗とアネモネの花束と♩

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counseling room Picardy 3rd. 小澤千咲