奏恵さん “paper client”

奏恵さんは美容師さんで、今は結婚して専業主婦をしています。4歳と2歳の娘さんがいらっしゃいます。お揃いの服を着て、奏恵さんが結った編み込みが可愛らしいこと。相談室には2人の娘さんと一緒にいらっしゃいました。奏恵さんと2人きりでお話したかったので、お姉さんの珠恵さんに箱庭の説明をして、何かあったらママと私はこのお部屋にいることを伝え、ドアのノブは閉めずに、妹さんの希美さんと別のお部屋でお留守番をしていてもらいました。

以下奏恵さんのお話です。

ある日のことでした。ご主人さんの帰りが遅くなると連絡を受けて、急遽子ども達が喜ぶ食事を用意していたときでした。「急に自分が自分を眺めている姿が見え、子どもと自分が楽しく料理をしているのが見えた」そうです。私はお訊きしました。(その姿を見たのは…)「確かに私の目なんです。子ども達と笑顔で料理している私と子ども達が見えました。本当は楽しいはずなのにその見ている時の私の目は…ずっと泣いていました。それ以来、考えてみました。私はその時だけではなくていつも私を見ている目みたいなものがありました。その目みたいなものなのか本当の自分の世界なのか時々分からなくなって。どっちが本当なのか…でも、そんなことは考えないこともあります。台所で子どもと一緒にいた時にそういう風になってしまって、しばらく帰って来られなくなって、目の前にいる珠恵も希美も本当は存在しないのではと怖くなって…。震える手で珠恵を抱きしめました。珠恵は心配して『ママ、どうしたの』って言って、希美は珠恵の心配している顔をみて大泣きしてしまいました。私は母親失格ですよね」(…いえ、そんなことありません。お話してくれてありがとうございます。奏恵さん、今もその…奏恵さんの目のような方は…)しばらく沈黙が続きます。「…います。小澤さんにこころを許すな。こいつも裏切り者だって言っています。…ごめんなさい」(…ありがとうございます。その目のような存在とアクセスが可能なのですね…)「でも、今の私はカウンセリングを求めて来ているんです。なのに、本当にごめんなさい。コントロール出来なくなってしまったら、小澤さんのところに来れないですよね」(いつでも、必要ならお越しください)「私、あと全部忘れてしまうことがよくあって。知らない間にタバコを吸ってたり、レシートに、私マグロは食べれないし、主人も食べれないのにね、マグロの刺身を買ってた経歴があって」(これからゆっくりお話していきましょう。急にだと疲れてしまいます。それに、その目みたいな存在の方の意見も尊重してみませんか。私のことを裏切り者だってお考えのようですから)。奏恵さんは、カウンセリングの間ずっと泣いていました。

ろそろ終わろうと思った矢先、背後から頭に何か飛んで来ました。「痛っ。え!」と振り返ると、カゴいっぱいに箱庭のアイテムを入れた珠恵さんと、希美さんが泣きながら「ママのこと虐めるな。ばかばかばか」と言いなが一方的な雪合戦のように私に箱庭のアイテムを投げつけてきます。

奏恵さん「止めて。この人はママのお話聴いてくれただけなの。ママが泣いたのはこの人のせいじゃないの」私「ごめんね。びっくりさせてしまって」。子ども達はまだ私を警戒しています。奏恵さんをぴったりガードして、「ママ、ママ帰ろう」と泣き続けています。

子ども達には母しか映りません。子ども達のすべては母であるのでしょう。しかし、母の全ては子ども達ではありません。そして大人達のこころは常にお腹が空いています。

珠恵さんと希美さんから大きく学ばせていただきました。奏恵さんはそれ以来、祖父母に2人を預けて相談室にお越し頂くことになりました。珠恵さんや希美さんには嫌われてしまっただろうなぁ。いつか逢えないかなぁ。

私のこころは「お腹が空いて、喉も渇いている」ことをその夜の間中考えていました。

(子どもっていいなぁ。私も子どもに恵まれたかった)

気付くと自然と涙が流れ、空っぽなこころを埋めることに夢中になっていた自分と、空っぽだからこそ心理士の仕事をしているんだろうなぁ。と内省しておりました。

さてと、気持ちを切り替えて箱庭を片付けようっと、思った途端、あぁ〜、潤砂高いのに買い直しだなぁっとダイソンをかけながら考えている現実の中に自分がいることに苦笑いしておりました。

お読みいただきありがとうございます。