まどかさんは20歳代前半の女性です。10代で結婚をして2人のお子さん(男児2人)がいらっしゃいます。お悩みの内容は当初育児に関することでした。朝保育園に行くお弁当が作れないこと、ママ友と仲良くなれず保育園への送り迎えが難しいということでまどかさんはお母様に保育園の送迎を依頼されていらっしゃいました。
家での暮らしは、お酒がなければいられず転倒してしまったり、意識不明になって大きな声を上げてしまうこと。その後そんな自分が大嫌いになってしまうそうです。
まどかさんはモデルさんみたいな容姿でスタイルもファッションも髪型もいつも素敵です。はじめはご自身の行動や性格に関するお悩みでしたが、次第にお悩みは夫婦関係のことに変わっていきました。
「夫がいないと過呼吸になってしまって、気が付くと家のトイレとか色々なところで倒れてて…」「夫はそんな私を疎ましいと思うみたいで、夫の実家に子ども達を連れていってしまうの。それって私が悪いんだと思うと今度は自傷が止まらなくなって。死にたいんじゃないの。見せたいんじゃないの。みんなそうやって死ぬ気もないくせにとかいう。そう言われるのが一番いや」
ご主人は他のセラピストが担当しました。私は彼女だけのセラピストでいる方が大事だと考えたからです。
いきなり離婚届が出された時のまどかさんの状態はいうまでもなくとても不安定になりました。子どもの親権を巡り裁判が続きます。
カウンセリングにもしばらく通えなくなり、連絡も途絶えました。主治医の先生にはかかられていたようなので、私は関わりを持てないながらに無事を祈るばかりでした。
それから4年後…。突然まどかさんからお電話がありました。カウンセリングに来てくださったまどかさんは幸せそうにお腹をさすっています。
「もうすぐ8ヶ月になるんです」(お身体は順調ですか)(そうですか)「女の子なんです。初めて赤ちゃんが生まれるのでとっても嬉しいです」少し怖かったけど聞いてみました。(お久しぶりですね…そうですか。ハジメテなんですね)
言った途端にまどかさんの顔つきが変わりました。顔面蒼白になり、呼吸が荒くなり、眼球振盪が生じました。(まずい。お腹の赤ちゃんに万が一のことがあったら)
(ゆっくり深呼吸しましょう。私のことは誰かわかりますか)「…enemies」「オマエはエネミーの一派」。(もう一度深呼吸します。鼻から息を吸ってゆっくり口から吐きましょう。エネミー応援しています。こちらで少し横になりましょう)
主治医に連絡をとり状況を尋ねたところ、再婚して妊娠してから産婦人科にリファー済みなので詳細はわからないとのこと…。しばらくしてまどかさんは目を冷ましました。「え、私なんで毛布かけてもらってるんですか」「ごめんなさい。覚えてない」(大丈夫ですよそのままそのまま。一緒に私も横になってもいいですか)「はい。いいですよ」ふたりで一緒に天井を見ながらゴロゴロしていました。しばらく会話はありませんでした。
「私、よく覚えていないことばっかり」「忘れる仕組みになってるんです」(そうですか)「今お腹に赤ちゃんがいることも時々しか思い出せない」(そうですか。今どんなお気持ちですか)「気持ちっていうものがよくわからなくって」(質問が大きくなってすみません)「ん。いいんです」突然まどかさんが笑いました。大笑いとか高笑いではなく、クスッと。「私、なんで今日小澤さんに逢いに来たんだろう」(私もつられてくすっと。なんででしょうね)「ウフフフー」(ウフフフフ)「何かふたりでこうやって仰向けで毛布かけてるのってこたつにみかんっていう感じ」(そうですね)「コタツありましたか」(今でもあります)「いいなぁ、コタツにみかんって」(みかんなくってごめんなさい)「私達夏なのにコタツの話してますね」(ホントに…)
時間軸も季節も記憶も飛んで行ったり戻って来たり。そんなことがあってもいいな。今が夏でも夜でも昨日でも明後日でもいい!とにかく今生きてここで一緒にお話しできていること。それかけがえのないたった今なのだと思いました。
お母様に連絡をとり迎えに来ていただきました。お母様は心配のあまりやつれてしまっているご様子でした。お母様には相談室にあったクッキーをお出ししたところ、クッキーなどに手をつけることなく「娘はなんて」「大丈夫なのですか」(ご心配はごもっともです。お母様も一服しましょう)「小澤さん、相変わらず呑気なんですね」(医師には報告しておきます)その間まどかさんは美味しそうにクッキーを食べながら「お母さんが心配しすぎなんだよ。クッキー食べてから帰るよ」お腹をさすりながら「ねぇ赤ちゃん」ご心配なことがあればお母様からもお電話お待ちしておりますねと伝えたところ、まどかさんとのふたりの秘密があるのでお話出来ないことも伝え、数時間に渡る電話となりました。
まどかさんはハジメテの赤ちゃんを無事に出産され、半年後に和かにそれは可愛らしいお嬢さんと一緒にお越し下さいました。オニイチャン達のことは当時ご主人さまと幸せに暮らしていることを祈ることしか私には出来ません。
こころの旅支度が出来ていない方に旅を勧めることは時期尚早です。時間と現実の旅で迷子になられた方、疲れてやっとお越しいただいた方ににはその現実や理由を問い詰めてはいけないのではないのでしょうか。
必要な時にきっと…その時期はやってくるのだと私は思います。
まどかさん、ありがとうございます。お母様ごめんなさい。
お読みいただきありがとうございます。