外村さんのこと

はじめて外村さんと出会ったのはもう2年程度前です。戸村さんは30歳代のスタイル抜群な女性で趣味はジム通いです。戸村さんは心理検査のご希望でいらっしゃいました。

所見上、社交的で常識的な考えを持ち、社会適応力にも問題は認められません。認知機能検査においても偏りはなく、これまで身体的な病気にも罹患したことはありません。家族関係も良好で、学歴も職種も非常に高い能力を必要とされる仕事に従事しています。欠勤も遅刻もなく、キャリアウーマンそのものという印象です。

 

心理検査の結果をお伝えし、その後しばらくご連絡はありませんでした。

数ヶ月程経った頃でしょうか。外村さんからご連絡がありました。「もしよかったら今度はカウンセリングをお願いできませんか」私は、「もちろんです。よろしければお越しください」とお答えいたしました。

「私はみんなから見たら普通に思われるかもしれません。自分でも人と違わないように行動しています。でもどうしても誰にも言えない秘密があります。今日からカウンセリングですよね。でもそのことについて今日は話したくありません。いや、話したくないのではなくて話せないです。今日は雑談のみようになってしまうかもしれませんがそれでもいいですか」「もちろんですよ。外村さんがよろしければ雑談でも結構です」

その日のカウンセリングは、天気の事や最近流行の映画やファッションのこと、外村さんが好きなジム通いのことなどをお話し下さいました。その後のカウンセリングでも、なかなか心の内をお話ししてくれる事はありませんでした。

ある日のカウンセリングでのことでした。その日はジム帰りにカウンセリングに立ち寄ってくださいました。私は「いつもジムの前なのに今日はこれからジムに行かれるんですね」と答えました。その後、外村さんは「私がカウンセリングで話したいことは、実はジムとも関係のあることなんです」(そうですか。ジムで何かありましたか)「いいえ、ジムに来る方はある程度決まっています。ジムで友達が出来たり、ジムの中での人間関係のトラブルではありません。私は、ジムで汗をかいた後サウナに入ったり、プールに入ったり、その後にジャグジーに入るのが楽しみなんです」と言った後、しばらく私に話していいものか悩まれている様子でした。

「小沢さんは絶対に秘密を守ってくれますよね」私は守秘義務があることをお伝えしました。 外村さんは、どこから話していいのか本当にお悩みのようでした。ーその後キッパリと笑顔になり「隠してても仕方がないから言いますね」「…私、小さい頃からですけど、スーパー銭湯とかサウナとかジムのお風呂の中でわざとおしっこを少しずつ漏らす癖があるんです。あったかいお湯とかプールに入っている中で少しずつおしっこをちょっとずつ漏らすことに快感を覚えるんです。こんなことしてる人は多分他にはいないと思うし、できることならやめたいと思っています。お風呂とかプールはみんなが使うものだし、私だって自分みたいな人がいて、誰かがおしっこを漏らしてたらとても嫌な気持ちになります。でもどうしても止められないんです。ありきたりな答えは期待してないです。例えば、お風呂やプールに入る前におしっこを済ませましょうとかそういうのは要りません。ジムにいる時は水着を着たままジャグジーに入ります。水着を着たまんま、自分が少しずつジャグジーの中でおしっこを漏らす事にとても快感を覚えるのです。多分、まさか私がそんなことをしているなんて誰も思ってないと思います。でも、プールで水質管理の試験管を持った人を見るとばれたらどうしようという気持ちになります」私は初めて聞いた悩みだったし、どう答えたらいいか困りました。でも、大事な誰にも知られたくないことを話してくれた外村さんにまずは感謝の気持ちを伝えました。その後「家のお風呂でも同じことをしますか」と聞いてみました。すると、外村さんは「そうですね」との事でした。

とても難しい悩みだったから、私も理解するのにどうしたら良いかわかりませんでした。でも少しだけわかった気がします。小さい頃、トイレットトレーニングに失敗した事は誰でもあるはずです。その時、できた自分とできなかった自分が生まれます。1人でトイレに行けたら親は褒めてくれます。失敗しても、現代の教育では叱るのではなくのんびりとトイレットトレーニングに時間をかける親御さんが多いのではと考えます。外村さんの記憶によると、おねしょをしてしまった時、両親は叱ることなく、むしろこれから頑張ろうねと教育をしてくれたとの事でした。

私たちは、トイレに入ったとき、ひとりぽっちになることができます。その時本当に尿意が強いものだったら、何も考えることなく直ちに放尿するでしょう。しかし、尿意に余裕がある時、少しずつ尿を出す心地のよさを私は理解できる気がします。ただ、1つ問題なのは外村さんがそのことを治したいのか、このままで良いと考えているのかに焦点を当ててみました。また、切迫した尿意を感じなくてもトイレに行くような事はないかについて尋ねてみました。外村さんは「会社で仕事に少し余裕があるときは、会社のトイレに行ってジムでするのと同じようなことをすることがあります。その時にはお腹の奥がキュンとなって、昔の恋人を思ったり、性的なことを考えるんです。ひどい時は我慢の調節がうまくいかなくてもっと少しずつおしっこをしたらもう少し心地よくなれたのになぁ」と考えることがあることを教えてくれました。

私もなんとなく外村さんの考えが理解できます。湯船に入ってぼんやりしていると、尿意がなくてもいろいろなことを考えます。アイデアが浮かぶこともあります。外村さんの場合、湯船が心の奥の何かや性的な何かと結びついて「おしっこを少しずつ漏らす、意図的にちびる」という行動に出ているのでしょう。今日相談してくれたの外村さんはただ、誰かに話してみたかったのだと思います。

私は外村さんのお風呂に入った時におしっこを意図的に漏らしてしまうと言う行動を理解できたのでしょうか。

私自身わかりません。ただ、外村さんがこのようなデリケートなテーマについて私に話してくれたこと、そのことが今後のカウンセリングの信頼関係につながっていくのかなと考えました。

人には表向きの顔とそうでない顔があります。私自身にも言えることです。人それぞれ異なる悩みがあって当然です。その悩みについて、いたずらに決めつけるのではなく、まずは一緒に考えること、自分の価値観を脇に置きつつも自分だったらどうかなぁ考えるようにしています。たとえ理解が難しいことだったとしても、それを否定したり、ブロックしたり考えることを止めたくありません。たとえ理解が難しいことだったとしても、それを否定したり自分の物差しで考えるのではなく、クライアントさんと一緒に考えていきたいと考えています。

私はカウンセリングの時間の中で、その方の事だけをひたすらに考えることに終始しています。人の考えや悩みは共通しているものではなく、その人の中にしかわからないことも多くあります。それは簡単に他者に理解できるものではありません。でも外村さんになったつもりで考えてみます。

私は、このようなデリケートな話をカウンセリングでお話ししてくださった外村さんに感謝するとともに、人の悩みや価値観は「ただひとつ“Unique One”」である事を理解し、わからないことであっても、相手に対して積極的に関心を寄せることを大切にしていきたいと考えております。

トイレでの空想タイム、少しずつの放尿はなんだか退行的かもしれませんが、私もお聴きしていてジワジワときました。

湯船やトイレって大切なひとりの時間を過ごせる時間でもあることなのですね。友達や家族には話せないけど大切なことについてお話ししてくださった戸村さんに感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

私達にとってこころは秘密の玉手箱ですね。秘密をとっておくことも大切、話せる環境も大切だと考えております。

お読みいただきありがとうございました。外村さんありがとうございました。