Paper Client “uncle Ken”

こんにちは。冬から春へ一気に移行中ですね。紅梅も咲き出しました。

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梅春物の季節には何を着て良いか毎日苦戦します。新年度を迎えるにあたり体調もこころも崩しやすい時期なのでお互い気をつけましょう!今日は小さい頃にお会いした不思議なおじさんについて懐かしむ大分脚色したお話をさせて下さい。今日は臨床コラムになりますのでご気分の優れない方はスキップして下さい。

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ケンおじさんの話

私が小学校2年生の夏、子どもたちの集合場所だった川添いの原っぱで初めて自称「ケンおじさん」にお会いしました。ドラエもんに出てくる場面じゃないけど…。その原っぱには小学校低学年の子どもなら3、4人ほど座れる土管が五本横わっており、他にも工事用の金属片やブロック、フェンスなんかが並んでいました。春には土筆や野蒜なんかも見られる野良猫や私たち子どもたちには格好のほのぼのした原っぱでした。

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小学生にとって夏休みって本当に長くて…ラジオ体操に行ったり、日記を書いたり、ヒマワリの大きさを測ったり…元気があり過ぎてヒマを持て余して毎日外で刺激を探し求めておりました。誰と約束があるでもなくフラフラしていると、子ども仲間がいつの間にかその原っぱにはいました。私は両親が共働きなこともあってその原っぱで日中のほとんどを過ごしておりました。時々その原っぱの関係者の方に「勝手に入るな。子どもには危ないものがいっぱいあるんだぞ」とお叱りを受けておりましたが、まぁ理解のある大人達でそれ以上何も言われませんでした。ネコとヒマな子ども達しかいない平和な原っぱにある日突然ヨレたスーツのシャビーなおじさんが現れました。

ケンおじさんです

私は警戒のない子どもでした。原っぱの見張り番だったし、おじさんでも子どもでも同じ条件です。まず名前を訊ねました。「僕はケンおじさんです」とだけ教えてくれたあと、自分の上着を顔に被って靴も脱いで土管の日陰で寝てしまいました。で、私は千咲だと名乗りましたが、ケンおじさんは反応もなく気だるそうに土管の狭間で上着を被ったままゴロゴロしていました。眩しくて暑い夏の日。えっと、当時の私の年齢の括りでは大学生まではおにいさん、それ以上はおじさんです。ケンおじさんは今思えば当時多分40歳代後半だと思います。

「おじさんだって色々あるんだよ。ほっといてあげなよ」と友達に言われ、ケンおじさんのことは放置して子ども達はゴム段遊びとか、チョークの落書きとかラジコンとか縄跳びとかいつもの遊びに戻っていました。私も友人との遊びの中に戻りました。

しばらくして友達のクラマが飛んで来て「ケンおじさんがさっき急に起き出して、原っぱの部品でみんなが乗れるトロッコ車を明日作ってくれるって!」って言うんです。

「トロッコって?」私達はウキウキです。ケンおじさんは子ども達に各自家に帰り、自転車の補助輪、クルマの古タイヤ、三輪車、不要な自転車の部品、車を作るのに役立つ部品を探しに行くよう命じました。みんなは帰って色々家を探しました。子どもだからほとんど何も持っていませんでしたが、とりあえず車のついたものやパイプベッドの柵やらを各自持ち寄りました。ケンおじさんは原っぱにあった鉄パイプや弟の三輪車や壊れた自転車のタイヤを上手に積み上げて、古い木材やフェンスと鉄パイプをバラ線でつなげたり、その上に自動車の古タイヤを載せたり、明日はこれをつないでこんな車が完成だ!と赤いチョークで土管の側面に設計図的な絵まで描いてくれました。

img_1422ケンおじさん!原っぱに夢を与えてくれるスター!

そのうち、今日はもう遅いから子どもは帰るようにケンおじさんに言われみんな明日を楽しみに家に帰りました。

しかし、私は変な子どもでした。ケンおじさんがもしも明日いなくなったらどうしようとなんとなく怖くて仕方がありません。

何を思ったのかわからないけど、ケンおじさんに家の押し入れのタオルケットとか自分のご飯をオニギリにしたものとか牛乳とか飲み物とか親の目を盗んでお鍋の煮物を持って、原っぱの土管のところにひとりで会いに行きました。

姿を探すと始めに横になっていた土管のところにケンおじさんはいました。話しかけようと思ったけど少し怖くて、じっと立ってこっそりケンおじさんの様子を見ていました。

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ケンおじさんは上着で顔中を覆ってさっきみたいに寝ていました。(きっとお腹空いてるだろうな)と思い、もう少しだけケンおじさんに近付きました。寝ているように見えたけど、ケンおじさんの上着が動いていて…独り言の声が聞こえました。「違うって言ってんだろう。植林の話は無しだ。酪農の方はトミオカに任せろ…また来たのか!」という感じのひとりごとです。しばらく見ていましたが止まらないので「ケンおじさん、お腹空きましたか」って話しかけましたが、上着を被ったままで「トミオカだろう」と言われてどうしたら良いか分からなくて「千咲です。オニギリ食べますか」って聞きました。ケンおじさんはしばらく無視して話し続けていましたが「トミオカの子どもか」と私に言いました。私は「違います。ごめんなさい」と謝り「でも土管の中に入った方がきっとよく寝れます。いつも私はそうしています。土管は朝が眩しいしそのままだと痛いと思ってタオルケット持ってきました。ご飯と飲み物も持ってきました。明日はケンおじさんの作ってくれるトロッコ車をみんな楽しみにしてるからお願いします」とひとりで一方的に話しかけ、淋しい気持ちで走って帰りました。

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その夜はケンおじさんのことで頭がいっぱいでした。ケンおじさんは誰と話していたんだろう。どうして突然原っぱに来たんだろう。どうしてトロッコ車を作ってくれるなんて言ったんだろう。お仕事で何かあったのかな。何か私悪いことしたかな…。

なかなか寝れなくて朝は眠かったけど、起きてまっすぐに原っぱに行ってケンおじさんを探しました。

そこにはすでにケンおじさんの姿はありませんでした。

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朝になったらケンおじさんがいなくなってしまうことは、理由は分からないけど、うっすらと昨日の晩からわかっていた気がします。でも子どもながらにウソつきだってケンおじさんのことを怒っていました。なんでいなくなったの?朝になったら車を作ってくれるって言ったのに。朝の原っぱには昨日持ってきたタオルケットと、空っぽのお茶碗と牛乳瓶が並んでいました。私達が持って来た自転車や三輪車やタイヤとかは車になるどころか、川添いの柵に見事に高々と括りつけてありました。鉄パイプの上にもタイヤと自転車の一部が巻きつかれており、なんとも言えない不思議で不気味な光景でした。でもある意味で今考えれば芸術的だったのかも知れません。img_1428

「全然車じゃねーじゃん。なんじゃこりゃ。ドリフターズ風に(あ、ヘンなおじさん)まじウケる」とクラマも他の子どもたちもケンおじさんのことは笑って忘れていつも通り遊んでいました。でも私はずっとケンおじさんに怒っていました。ウソつきなケンおじさんが許せなかった。でも、夜にこっそり会いに行ったことは誰にも言えないままでした。

夏休みもとっくに終わったある日、親の帰りが遅くなって、クラマのお母さんがうちでご飯食べていきなよと言ってくれて、クラマはそういう時にはいつも自分の部屋に行ってしまってたから、クラマのお母さんと2人きりになって…勇気を出して、うちのお母さんには言わないで欲しいんだけど…とずっと考えていたケンおじさんの話を切り出し、原っぱであったことを聞いてもらいました。話しているうちに涙でいっぱいになって何にも見えなくなって、上手に話せなくなって、ヒクヒクになって泣きじゃくり「ウソつき、ウソつき、ケンおじさんのウソつき…」とだけ繰り返していた気がします。

気が付くとクラマのお母さんがそばにいて、服には鼻血の跡があって、頭を撫でながらおでこをタオルで冷やして教えてくれました。「千咲ちゃんはなんでも知りたがりるナイーブな子。面倒見のいいお姉さんっていうか。鼻血出してまで泣きながら人のことを心配するって…でもね、それは優しいというよりこれから生きていく上でずっと大変な体験をすることかも知れないってことかもしれないって覚えておいてね。うちのクラマには全くそういうところがないから、足して2で割れたらいいのに…もっと楽に生きていいのよ。子どもなんだから…」「ねぇ、千咲ちゃん。ケンおじさんのことを怒ってるの?おばさんの分かることならケンおじさんのどんなことでも知ってみたい?」とクラマのお母さんに聞かれ大きく頷きました。

「ケンおじさんは昨日みたいに、たまにあそこの原っぱに来るんだけど。こころに病気があるの。長いこと入院をしたりもしているのよ。ケンおじさんは、朝までずっと同じところにいると、色々なことを思い出してとっても怖い気持ちになるから、人に見つからない夜明け前には違うところに移動するの。ケンおじさんはまあるい光ったモノに守ってもらえると信じていて、怖いことがあるとタイヤとかボールとか丸いものや光ったものを集める習性があるんだって。前はおばさんのうちの庭にも勝手に探しに来たことがあって、おばさんも怖いし知らないから一度110番したことがあって。そうしたら警察の方がね、精神の…あ、こころの病気だから署からお医者さんの方に来てもらうっていうことがあったの」「じゃあ私達に車を作ってくれるって言ったのも病気のせいなんですか」「それは…多分ちがうと思うわよ。本当にその時はそう思ったんじゃない。だから今度ケンおじさんに会っても怒らないでそっとしてあげてね。ケンおじさんはあまり話かけられることは好きじゃないけど、もしまた会ってもそっとしておいてあげてね」「おばさん、こころが病気になるってよく分からないけど、それに病気でもウソつきは嫌いです。でも教えてくれてありがとうございます。私、ケンおじさんにいっぱい話しかけちゃいました」。「知らないかったんだから仕方ないじゃない。でも、この話はクラマにもあなたのお母さんにも言っちゃだめよ。おばさんと千咲ちゃんの秘密だからね」とクラマのお母さんは言いました。

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大人になって少しだけケンおじさんの話が分かる気がします。ケンおじさんとクラマのお母さんのおかげもあってこころの不思議な病気について初めて少し知ることが出来ました。

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人には踏み込んではならない聖域があります。私には今でも好奇心や興味からその聖域を知らずに侵してしまうことがあることを反省し気を付けています。私自身が人が大好きで聖域を持たないせいかも知れません。相手にはデリケートな聖域がある前提を持たねば人を傷付けてしまいかねません。人を自分の物差しで測ってしまうことは仕事上ではtabooです。こころの専門家なのにダメだなぁ。でも、そういうことを教えてくれるのって必ずしも学問上の先生やお医者さんとは限りません。私にとってクラマのお母さんはそのひとりでした。

私に大切なことを教えてくれたクラマのお母さんも天国に行ってしまいました。

ケンおじさんがきっとまだどこかの原っぱで車を作ってくれていますように。

クラマのお母さんに慰めてもらったことはずっと忘れません。クラマのお母さんが亡くなったことが信じられないでいることも、手作りのジュースを病気の時に家に持って来てくれたこともずっと忘れないでいたいです。

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長くなりましたが、ケンおじさんの話でした。

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ケンおじさんのますますのご活躍を祈念して…。

長文に付き合いいただきありがとうございました。

今後ともよろしくお願い申しあげます。

トロッコ車に乗りたい春に車窓からのMt.Fuji と♫

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希望と勇気を与えてくれるトルコ桔梗とアネモネの花束と♩

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counseling room Picardy 3rd. 小澤千咲

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