鶴の恩返し

こんにちは。だいぶ日照時間が長くきましたね。春を感じる今日この頃です。花粉症の方にとっては辛い時期に入りました。どうぞご自愛ください。あっという間に音楽教室前のミモザも満開に近づいて参りました。

img_2507

img_2505

昔から木の芽時という言葉があるように、春は年度末や新学期など大きな変化が生じます。この時期は身体に限らずメンタルの調子も崩しやすい時期でもあります。img_2310

お気持ちの状態をご自身でモニタリングできることは、 心身の健康状態に早く気づき対処出来うるという点でとても大事だと思います。

img_2540さて、今日は鶴の恩返しの主人公の「鶴女房(つう)」と「与ひょう」の関係について考えてみたいと思います。

img_1711

幼少時、鶴の恩返しや幸福の王子様のお話はとても悲しくて…何度も涙していました。フランダースの犬もあんなに報われない話はあるのだろうかと思っていました。その悲しさと理不尽感さに何度も涙し…立腹し…物語の「明るい続き」をひとり空想の中で作っていました。

img_2542

最後に羽を全て失い人に尽くした鶴は、仲間と共に旅立ちます。そんなのイヤだ!私の空想が始まります。鶴は痛々しい死を迎えたのではなく「幸せな」次のステージに向かい、仲間達に囲まれて無尽蔵の羽を授かるというような空想です。そしてそこでも鶴はみなに羽を手折ってみなに分け与えます。空想上の羽は無尽蔵にあるので困った人を助けることが出来るし、鶴も心の底から幸せになるというような未熟な空想でした。

img_1722

今、大人になってしみじみ考えることがあります。「つう」は「与ひょう」に助けてもらったことを感謝しています。「つう」にとってそれは何にも変えがたい歓びだった。「つう」は困っている「与ひょう」に感謝するには「自分の身体の一部である羽以外」の何も持ち合わせていなかった。人から見たら「つう」は自分のことを犠牲にし、大切に出来ていなかったかもしれない。でも、それは「つう」にとって「幸せな」ことだったのかもしれないし…誰かがそこに価値判断をすることは望ましくないのかもしれません。

img_2547

これを美徳や愛他性と捉えるか、自虐と捉えるかについて…かの有名な精神分析家の北山修先生は「自虐的世話役」と言う概念で考察されています。

img_2502

自虐と愛他の間…揺れ…それらは連続して繋がっています。時には誰かを愛し過ぎたり…尽くし過ぎたり…。度が過ぎると「自虐的世話役」になるし、ほどほどだと「愛他性」という世間でいう「美しいこと」につながるのかもしれないというのが北山先生の仰りたいことではないかと「私は」考えています。

img_1694

しかし、改めて考えてみると…。私はその「愛他性」が「与ひょう」にだけでなく万人に向けられることの出来る人が稀にいるのではないかと考えています。素晴らしい!人には優先順位があります。それは、まずは自分を大事にすること、パートナーや家族を大事にすることかも知れません。それはもちろん大切にしつつも私は多くの方々に惜しみなく愛も届けることの出来るカウンセラーにいつかなりたい。しかし、それは不可能な位難しいことです。なぜならカウンセリング自体が「無償」ではないからです。倫理的にジレンマだらけのこの仕事を私は「自ら」選びました。その限界の中で出来る限りのパフォーマンスを発揮することが私の努めです。

img_2404

私自身未熟者過ぎるから…人間としてのキャパシティを育み、学問上のスキルも磨いていきながら、クライエントさんとの「ただひとつ」の関係を大切にして臨床に取り組みたいと考えています。

img_2533

お読みいただきありがとうございました。

こころに花を!

こんにちは、寒くなったり花粉も飛び出しました。

ポーリンパワー!

  いよいよ春です。

私の中で春といえば「花」です。img_2335

梅や桃や桜などお弁当を作ってお花見に行きたいです。

しかし…今は多忙過ぎる自分制御出来ていません。

時間を大切に出来ていません。

img_2047久しぶりに雪が溶けた!キレイな空!

img_2312雪解けの下には楽しみにしていた水仙の花が…。

img_1489

これはひどい。雪の仕業とはいえ許さない!

そっと立て直してみました。

img_1488

植物の花は目に優しい。嗅覚も覚醒します。そして音の花は心に響きます。しかし、カウンセリングの中でのクライエントさんとの会話は私にとって何にも勝る財産です。カウンセリングってまだまだ世の中的にはネガティヴな印象を持たれているし、カウンセリングにお金を払って通うという感覚は浸透していません。img_2136

クライエントさんとの出会いや別れは必ずしもハッピーエンドとは限りません。涙に霞んで見えなくなることだってあります。カウンセラーなりたての頃、最後のセッションに小さなプリザーブドフラワーをクライエントさんにいただいたことがあります。それはそれはとてもキレイで小さな可愛らしいバラでした。

img_2363 img_2364

この小さきバラはもちろん、しかし、それ以上にそのクライエントさんと交わした会話とその時の感情と情動が私の中ではどんなことよりも大切に保存され続けています。

どうしてそんなに悲しいの…。どうしてそんなに怒ってるの…。どうしてそんなに笑顔なの…。今日は何があったんでしょうか。異動が決まり引き継ぎの日、「私と小澤さんはもう会うことはないかも知れないけど…。ふたりの関係はプリザーブドされます」。私が彼女との別れを悲しんでいることを彼女は知って…お心遣いをくださったのかもしれません。未熟なカウンセラーです。

クライエントさんとのセッションは

プリザーブドされつつ、たった今も

心臓と同じようにこころもずっと形も大きさも変えながら動きつづけています。

img_2383

自分のこころのドキドキを知ってみることで見える景色がグーンと変わります。昨日のドキドキ、今日のため息…。時には生きる希望を失いかけることも、生きている意味を見失うことだってあるかも知れません。

img_2100
img_2262

そう、でもその大変さを持っているから、知っているからこそ体験出来るワンダフルな世界があると…私は思います。

人生イロイロ。見え方もイロイロ。ネコだって色々。

img_2092

久しぶりにNicolai Bergmannの南青山店に目の保養のためにvividな花を模索しに行ってみました。自然で咲く花との対比…brilliantな色合い…抗しがたい魅力です。うーん彼はかっこいいぞ‼︎スムージーも美味しい。でも時間がない。途中でストローが詰まってフタを開けてそのままゴクゴク。こっちの方がいい。

img_2381

img_2367 img_2369そしてマインドフルに選んだ花はこちら

全然vividではありませんね。

プリザーブドフラワーも購入しましたがまたの機会に。

img_1686

img_2392

お読みいただきありがとうございました。

 

その手を離すな!

こんにちは!いよいよミモザmimosaの開花です。mimosaの花言葉は豊かな感受性とかプラトニックラブとかそんな感じだったかな〜。mimosaの咲き方って本当に素敵で…こころの電球みたいって思います。いつか家を建てられたら、mimosaを植えてみたいです。

img_1473

ところで先日はAEDの使い方と人工呼吸の練習をしてきました。傍観者になっていたらまさかの全員強制実施。医療従事者として当然ですね。メディカリーな心理士になりたいですし。

img_2257

 

会場には1分間に100回刻むメトロノームが流れており56名のメンバーが4人のグループになり、1人が心臓マッサージを100/bpmで行います。1分間で100回は歌で考えると良いとYouTubeにあるよと友人から。命を救う歌、うさぎとかめの歌、あんたがたどこさ、ひごさ〜…それをりょうしがのところで人工呼吸1回。定期的に鼻をつまんで気道確保して息を吹き込む人工呼吸を行うんですがまぁ大変。そこは絶対途切れずに指示出しします。「あなたAEDの機械お願いします」「あなたQQ車を呼んで下さい」

いよいよ私のテストの番です。ドキドキ!

アナタ救急車お願いします。アナタAEDを持ってきて下さい!え!え!えぇ〜!「あんた、何でいちいち手離すの!離したら正しく胸骨圧迫出来ないじゃない。肘が曲がってる!」と先生からご教授。

待てよ!待てよ!

キターアハ体験

a90f84aa-c2fd-44ff-a437-eb798a0a4358

それって私のピアノが上達しないことと全く同じじゃないか。それだ。胸骨圧迫練習人工呼吸の練習させてとみんなに頼んだら「バカ者!キモイ」とドヤされました。

img_2259

仕方ないから愛犬ドミンゴに人工呼吸をやってみた。可愛そう。大人しく仰向けになって付き合ってくれました。

img_1407

そう、その手を離してはいけない。こころも一緒かも知れない。

img_2227

ソノテヲハナスナ。ハナスナソノテヲ。ソノキモチモハナスナ。

img_2133 img_2112

img_1482

オザワ、お前ワやれば出来るじゃないか。と言われたいです。

img_2241

 

お読みいただきありがとうございました。ドミンゴごめん。

 

Paper Client “uncle Ken”

こんにちは。冬から春へ一気に移行中ですね。紅梅も咲き出しました。

img_2161

梅春物の季節には何を着て良いか毎日苦戦します。新年度を迎えるにあたり体調もこころも崩しやすい時期なのでお互い気をつけましょう!今日は小さい頃にお会いした不思議なおじさんについて懐かしむ大分脚色したお話をさせて下さい。今日は臨床コラムになりますのでご気分の優れない方はスキップして下さい。

*************************************

ケンおじさんの話

私が小学校2年生の夏、子どもたちの集合場所だった川添いの原っぱで初めて自称「ケンおじさん」にお会いしました。ドラエもんに出てくる場面じゃないけど…。その原っぱには小学校低学年の子どもなら3、4人ほど座れる土管が五本横わっており、他にも工事用の金属片やブロック、フェンスなんかが並んでいました。春には土筆や野蒜なんかも見られる野良猫や私たち子どもたちには格好のほのぼのした原っぱでした。

img_1423

小学生にとって夏休みって本当に長くて…ラジオ体操に行ったり、日記を書いたり、ヒマワリの大きさを測ったり…元気があり過ぎてヒマを持て余して毎日外で刺激を探し求めておりました。誰と約束があるでもなくフラフラしていると、子ども仲間がいつの間にかその原っぱにはいました。私は両親が共働きなこともあってその原っぱで日中のほとんどを過ごしておりました。時々その原っぱの関係者の方に「勝手に入るな。子どもには危ないものがいっぱいあるんだぞ」とお叱りを受けておりましたが、まぁ理解のある大人達でそれ以上何も言われませんでした。ネコとヒマな子ども達しかいない平和な原っぱにある日突然ヨレたスーツのシャビーなおじさんが現れました。

ケンおじさんです

私は警戒のない子どもでした。原っぱの見張り番だったし、おじさんでも子どもでも同じ条件です。まず名前を訊ねました。「僕はケンおじさんです」とだけ教えてくれたあと、自分の上着を顔に被って靴も脱いで土管の日陰で寝てしまいました。で、私は千咲だと名乗りましたが、ケンおじさんは反応もなく気だるそうに土管の狭間で上着を被ったままゴロゴロしていました。眩しくて暑い夏の日。えっと、当時の私の年齢の括りでは大学生まではおにいさん、それ以上はおじさんです。ケンおじさんは今思えば当時多分40歳代後半だと思います。

「おじさんだって色々あるんだよ。ほっといてあげなよ」と友達に言われ、ケンおじさんのことは放置して子ども達はゴム段遊びとか、チョークの落書きとかラジコンとか縄跳びとかいつもの遊びに戻っていました。私も友人との遊びの中に戻りました。

しばらくして友達のクラマが飛んで来て「ケンおじさんがさっき急に起き出して、原っぱの部品でみんなが乗れるトロッコ車を明日作ってくれるって!」って言うんです。

「トロッコって?」私達はウキウキです。ケンおじさんは子ども達に各自家に帰り、自転車の補助輪、クルマの古タイヤ、三輪車、不要な自転車の部品、車を作るのに役立つ部品を探しに行くよう命じました。みんなは帰って色々家を探しました。子どもだからほとんど何も持っていませんでしたが、とりあえず車のついたものやパイプベッドの柵やらを各自持ち寄りました。ケンおじさんは原っぱにあった鉄パイプや弟の三輪車や壊れた自転車のタイヤを上手に積み上げて、古い木材やフェンスと鉄パイプをバラ線でつなげたり、その上に自動車の古タイヤを載せたり、明日はこれをつないでこんな車が完成だ!と赤いチョークで土管の側面に設計図的な絵まで描いてくれました。

img_1422ケンおじさん!原っぱに夢を与えてくれるスター!

そのうち、今日はもう遅いから子どもは帰るようにケンおじさんに言われみんな明日を楽しみに家に帰りました。

しかし、私は変な子どもでした。ケンおじさんがもしも明日いなくなったらどうしようとなんとなく怖くて仕方がありません。

何を思ったのかわからないけど、ケンおじさんに家の押し入れのタオルケットとか自分のご飯をオニギリにしたものとか牛乳とか飲み物とか親の目を盗んでお鍋の煮物を持って、原っぱの土管のところにひとりで会いに行きました。

姿を探すと始めに横になっていた土管のところにケンおじさんはいました。話しかけようと思ったけど少し怖くて、じっと立ってこっそりケンおじさんの様子を見ていました。

img_1338

ケンおじさんは上着で顔中を覆ってさっきみたいに寝ていました。(きっとお腹空いてるだろうな)と思い、もう少しだけケンおじさんに近付きました。寝ているように見えたけど、ケンおじさんの上着が動いていて…独り言の声が聞こえました。「違うって言ってんだろう。植林の話は無しだ。酪農の方はトミオカに任せろ…また来たのか!」という感じのひとりごとです。しばらく見ていましたが止まらないので「ケンおじさん、お腹空きましたか」って話しかけましたが、上着を被ったままで「トミオカだろう」と言われてどうしたら良いか分からなくて「千咲です。オニギリ食べますか」って聞きました。ケンおじさんはしばらく無視して話し続けていましたが「トミオカの子どもか」と私に言いました。私は「違います。ごめんなさい」と謝り「でも土管の中に入った方がきっとよく寝れます。いつも私はそうしています。土管は朝が眩しいしそのままだと痛いと思ってタオルケット持ってきました。ご飯と飲み物も持ってきました。明日はケンおじさんの作ってくれるトロッコ車をみんな楽しみにしてるからお願いします」とひとりで一方的に話しかけ、淋しい気持ちで走って帰りました。

img_0959

その夜はケンおじさんのことで頭がいっぱいでした。ケンおじさんは誰と話していたんだろう。どうして突然原っぱに来たんだろう。どうしてトロッコ車を作ってくれるなんて言ったんだろう。お仕事で何かあったのかな。何か私悪いことしたかな…。

なかなか寝れなくて朝は眠かったけど、起きてまっすぐに原っぱに行ってケンおじさんを探しました。

そこにはすでにケンおじさんの姿はありませんでした。

img_1430

朝になったらケンおじさんがいなくなってしまうことは、理由は分からないけど、うっすらと昨日の晩からわかっていた気がします。でも子どもながらにウソつきだってケンおじさんのことを怒っていました。なんでいなくなったの?朝になったら車を作ってくれるって言ったのに。朝の原っぱには昨日持ってきたタオルケットと、空っぽのお茶碗と牛乳瓶が並んでいました。私達が持って来た自転車や三輪車やタイヤとかは車になるどころか、川添いの柵に見事に高々と括りつけてありました。鉄パイプの上にもタイヤと自転車の一部が巻きつかれており、なんとも言えない不思議で不気味な光景でした。でもある意味で今考えれば芸術的だったのかも知れません。img_1428

「全然車じゃねーじゃん。なんじゃこりゃ。ドリフターズ風に(あ、ヘンなおじさん)まじウケる」とクラマも他の子どもたちもケンおじさんのことは笑って忘れていつも通り遊んでいました。でも私はずっとケンおじさんに怒っていました。ウソつきなケンおじさんが許せなかった。でも、夜にこっそり会いに行ったことは誰にも言えないままでした。

夏休みもとっくに終わったある日、親の帰りが遅くなって、クラマのお母さんがうちでご飯食べていきなよと言ってくれて、クラマはそういう時にはいつも自分の部屋に行ってしまってたから、クラマのお母さんと2人きりになって…勇気を出して、うちのお母さんには言わないで欲しいんだけど…とずっと考えていたケンおじさんの話を切り出し、原っぱであったことを聞いてもらいました。話しているうちに涙でいっぱいになって何にも見えなくなって、上手に話せなくなって、ヒクヒクになって泣きじゃくり「ウソつき、ウソつき、ケンおじさんのウソつき…」とだけ繰り返していた気がします。

気が付くとクラマのお母さんがそばにいて、服には鼻血の跡があって、頭を撫でながらおでこをタオルで冷やして教えてくれました。「千咲ちゃんはなんでも知りたがりるナイーブな子。面倒見のいいお姉さんっていうか。鼻血出してまで泣きながら人のことを心配するって…でもね、それは優しいというよりこれから生きていく上でずっと大変な体験をすることかも知れないってことかもしれないって覚えておいてね。うちのクラマには全くそういうところがないから、足して2で割れたらいいのに…もっと楽に生きていいのよ。子どもなんだから…」「ねぇ、千咲ちゃん。ケンおじさんのことを怒ってるの?おばさんの分かることならケンおじさんのどんなことでも知ってみたい?」とクラマのお母さんに聞かれ大きく頷きました。

「ケンおじさんは昨日みたいに、たまにあそこの原っぱに来るんだけど。こころに病気があるの。長いこと入院をしたりもしているのよ。ケンおじさんは、朝までずっと同じところにいると、色々なことを思い出してとっても怖い気持ちになるから、人に見つからない夜明け前には違うところに移動するの。ケンおじさんはまあるい光ったモノに守ってもらえると信じていて、怖いことがあるとタイヤとかボールとか丸いものや光ったものを集める習性があるんだって。前はおばさんのうちの庭にも勝手に探しに来たことがあって、おばさんも怖いし知らないから一度110番したことがあって。そうしたら警察の方がね、精神の…あ、こころの病気だから署からお医者さんの方に来てもらうっていうことがあったの」「じゃあ私達に車を作ってくれるって言ったのも病気のせいなんですか」「それは…多分ちがうと思うわよ。本当にその時はそう思ったんじゃない。だから今度ケンおじさんに会っても怒らないでそっとしてあげてね。ケンおじさんはあまり話かけられることは好きじゃないけど、もしまた会ってもそっとしておいてあげてね」「おばさん、こころが病気になるってよく分からないけど、それに病気でもウソつきは嫌いです。でも教えてくれてありがとうございます。私、ケンおじさんにいっぱい話しかけちゃいました」。「知らないかったんだから仕方ないじゃない。でも、この話はクラマにもあなたのお母さんにも言っちゃだめよ。おばさんと千咲ちゃんの秘密だからね」とクラマのお母さんは言いました。

*************************************

大人になって少しだけケンおじさんの話が分かる気がします。ケンおじさんとクラマのお母さんのおかげもあってこころの不思議な病気について初めて少し知ることが出来ました。

img_1348

人には踏み込んではならない聖域があります。私には今でも好奇心や興味からその聖域を知らずに侵してしまうことがあることを反省し気を付けています。私自身が人が大好きで聖域を持たないせいかも知れません。相手にはデリケートな聖域がある前提を持たねば人を傷付けてしまいかねません。人を自分の物差しで測ってしまうことは仕事上ではtabooです。こころの専門家なのにダメだなぁ。でも、そういうことを教えてくれるのって必ずしも学問上の先生やお医者さんとは限りません。私にとってクラマのお母さんはそのひとりでした。

私に大切なことを教えてくれたクラマのお母さんも天国に行ってしまいました。

ケンおじさんがきっとまだどこかの原っぱで車を作ってくれていますように。

クラマのお母さんに慰めてもらったことはずっと忘れません。クラマのお母さんが亡くなったことが信じられないでいることも、手作りのジュースを病気の時に家に持って来てくれたこともずっと忘れないでいたいです。

img_2050

 

長くなりましたが、ケンおじさんの話でした。

*************************************

ケンおじさんのますますのご活躍を祈念して…。

長文に付き合いいただきありがとうございました。

今後ともよろしくお願い申しあげます。

トロッコ車に乗りたい春に車窓からのMt.Fuji と♫

img_2203

希望と勇気を与えてくれるトルコ桔梗とアネモネの花束と♩

img_2128

counseling room Picardy 3rd. 小澤千咲